リヤドロの美しさをお楽しみ頂きながら、日本や外国の旅の思い出、絵画と創作詩、美術館探訪etC・大人のロマンのひとときを。
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「北斎の町、小布施・高井鴻山記念館へ!」信州の旅・北信濃その4


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爽やかな、秋晴れの小布施。

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江戸時代、
北信濃の、この小さな町、小布施に、
後世に残る一つの出会いがありました。

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ここ、高井鴻山記念館の中で、

その素晴らしい、二人の人物の、
生きた息遣いを発見することができます。

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芸術と、新しい日本の幕開けに、
命運を賭けた、二人。

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一人は、北信濃きっての豪農商、
陽明学者の高井鴻山。

一人は、江戸時代の天才画家、葛飾北斎。

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鴻山は、北斎の天才画家としての才能に惚れ込み、
80歳を過ぎた、
北斎芸術の最後の庇護者となり、

屋敷の中に、北斎のためのアトリエ、
「碧漪軒(へきいけん)」を建てました。

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北斎は、この小さな、アトリエの中で、
肉筆画を手がけ、独自の画境に没頭していきます。

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二人の深い信頼は、
お互いの呼び合い方にも、あらわれていたそうです。

鴻山は、北斎を「」先生」と呼び、

北斎は、鴻山を「旦那さま」と呼んだそうです。

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奇人変人でも名高い北斎の、
鴻山への安堵感と尊敬を、感じさせます。

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鴻山も又、北斎を師として、
たくさんの屏風画を残しています。

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幕末維新の激動期に、

陽明学の「国利民福」の信条をつらぬき、
屋敷の中に、
こうして、かくれ穴を作っては、

若い志士たちを、匿っていた鴻山。

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日本のどこを訪れても、
無数の歴史のパズルが、私を驚かせます。

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「碧漪軒(へきいけん)」の意味は、
青いさざなみ。

この安らぎに満ちたアトリエを得、
80歳を過ぎてなお、創作意欲に満ちあふれ、

北斎は、小布施の岩松院に、
大傑作の「八方睨み鳳凰図」を残しています。


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自らを「画狂老人」と呼んだ、

世界に名だたる、葛飾北斎の、
伝えきれない名画の数々を、
小布施で、お楽しみくださいね。



~文化香る、小布施の町でした~♪~

《只今、都合によりコメントをお休みさせていただいて
おります。失礼を、先にお詫び申し上げます。m(_ _)m》


いつもありがとうございます



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ジョゼの人形の部屋 | 2011/11/26(土) 17:40
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